レビュー『君たちはどう生きるか』- 「あこがれ」が失われた映画 | レビュー | みどりのウェブ開発日記

レビュー『君たちはどう生きるか』- 「あこがれ」が失われた映画

カテゴリ: レビュー

記事投稿日: 2023年7月17日



・視聴日: 2023年7月15日
・視聴場所: イオンシネマ明石

 

土曜の夜の、悪い予感

私が買ったチケットの上映は、土曜の最終回・20時からで満席でした。

観客は小学生の男の子を2人連れた、4人家族だったり。
三々五々、集まって見に来た中高生から、老若男女…。

これはまずいな、と思いました。
どんな映画も、中心となる対象年齢があります。
例えば、シン・仮面ライダーの時は50~60代の単身、または夫婦連れが多かったです。

悩む男の子のイラスト

ここまで全年齢を対象にできる映画なんて、ディズニーにもない。
仮にこれが幼児向けでない場合、その子の失望や家族の失敗体験はいかほどのものか。

そんなことを上映前に感じていました。
やっぱり、予告編、もしくは作品の具体的なポスターは、エンターテイメントには必須だぞ、と。

広告・キャッチコピーの不在=失われたテーマ

本編が始まりますと、これは戦中の話かなあ、と。
やがて、『千と千尋の神隠し』のような、昭和初期を感じさせる巨大なお屋敷へ移動します。

しかしもう、ここから、何の映画なんだろう、と混乱がはじまります。
時間が経過するにしたがって、混乱が大きな渦を巻いていきます。

時代が戦中であることと、思わせぶりな鳥の言動に関係はあるのか。
ということが、まったくなんの手がかりもないまま、少なくとも3、40分以上、続きます。
その間、ただただ、混沌とした世界を移動していき、何の説明もありません。
主人公は魔法のような力を何となく理解しているようだけれど、なぜなのかわかりません。

1時間ほど経過して(もっとかもしれない)、ようやくおばあさんが説明に入ります。
混沌とした世界が何のきっかけで、誰に作られたのかようやく分かるのですが、渦中の人が何を目的としているのか、依然として不明です。

母やその妹との出会いも理解はできるけれど、いろんな謎がどんどん出てきます。
どうして母は力が使えるのか、妹は大事な時に、なぜここに来たのか。

 

映画を観終わったあと、思ったことは「これは、広告が作れないじゃないか」ということです。
テーマが何なのか、主人公がどういう人物なのかも説明ができないのです。

鈴木敏夫氏の思惑、または戦略

「情報過多」では楽しみが失われるから、あえて広告、予告編、CM を今回は作らなかったという、プロデューサーの鈴木敏夫氏。

しかし、映画を観終わって、それは建前だと思いました。
彼は映画の進行を知っていて、テーマが語れず、これはまずいと感じたでしょう。
なにしろ、「見どころ」がないのです。

今までのジブリ映画には、もう一度観たい、と思わせるシーンがひとつはありました。
今回は、テーマとなる(ポスターにできる)シーンがひとつもない。
細かくてきれいなシーンはあるけれど、テーマを映すものがない。

私はジブリの作品の中で、一番の駄作は『ゲド戦記』と思っています(特にエンディングのとってつけたような登場人物の笑い顔はひどい)。
それでも、ゲドにも冒頭のシーンや、街を一望するシーンはいいなと感じたものです。

今回は、混乱するばかりで、感情移入できるシーンも少ない。
私が唯一、希望をもったのは、主人公の父親が息子たちを探しに行く時、いろんな装備を服につめこむシーン。
ボリュームがあって、愛情があって、いいシーンになりそうでしたが、脇役のお父さん、結局、活躍することはありません。
何のためのシーンだったのか意味不明です。

混乱、意味不明。
話の根拠となった事件の筋は理解できるけれど、「結局、何の映画だったの?」ということにつきます。

テーマが分からないものに、キャッチコピーをつけることはできない。
だから、広告を作らなかった(作れなかった)。

何かがあるように思わせる、それが鈴木氏の精一杯の戦略だったのでしょう。
何かがあるように思うのですが、何もない。
これで、ジブリは後が続くのでしょうか。

高畑勲監督がいたら

宮崎駿監督の今までの作品の中でも、たまに分かりくいシーンが入り込むことはありました。
それでも、ここまでの混乱ぶりは初めてのことです。

ここ数日、どうしてこうなったのか考え続けて、「パクさん」こと、高畑勲監督がおられなかったからではないか、と気が付きました。
※高畑勲氏は2018年にご逝去されています。この映画の制作開始から1年後です。

思えば、ジブリはお二方で始まったのです。

今までも直接制作に関わることはなくても、宮崎監督は教養の深い高畑監督にいろんなお話をされることがあったと思います。

偉大な監督の不在、その喪失の中で初めて公開される映画。
ジブリは片輪を失ったまま突き進んでしまった。

今回は、とんでもない方向に落ち込んでしまったのではないか。
そんな気が、強くしています。

謎のスタッフロール

スタッフロールも唐突に始まりました。
その中で大きな疑問を抱いたのが、「予告編制作」です。
予告編、作っていないと明言していたのに、3名ほどお名前が見えました。

映画公開後、しばらくしてから流す戦略なのか、それとも、一応は着手したけれど、断念したのか。
大きな疑問が残りました。

※2023年9月26日追記
この予告編は、海外向けに作られたもので YouTube では見ることができますが、今でも日本版はどこにも流れていません。
海外向けの内容を見てみましたが、これまで書いてきたように、やはり何の映画か分からない、「思わせぶりなだけ」のものでした。
考えすぎかも知れませんが、海外の人なら「深読み」してくれるだろうという鈴木氏の戦略ではないかとも思いました。

 

 

あこがれを失った映画

公開から翌日、7月の3連休を迎え、興味を持った人は、ひととおり、映画館に足を運んだと思います。
ここから口コミで好評価が広がっていけば成功でしょうが、一般論としては、大失敗だと思います。

ジブリだからとお子さんを連れてきた家族は、2時間以上、混乱させられて、どう感じるでしょうか。
絵がきれいだったね、でしょうか。

映画は単純に「面白い!」「泣けました!」「ものすごかった」でいいのではないでしょうか。
テレビや YouTube では、とってつけたような感想を話している人たちがいますが、前述のような素直な感想がひとつも出てきません。

※2023年9月26日追記
この作品を観て、私はひとつ発見がありました。
「映画はお祭りだ!」ということ。
みんなでかついで、盛り上げる、神輿のようなもの。
この映画には、神輿がありませんでした。
–> 追記はここまで

最後にもうひとつ。今までのジブリには何らかの「あこがれ」があったと感じるのですが、それがない。
空へのあこがれ、かっこいい男へのあこがれ、仕事、冒険、恋、不思議な町…。

 

今まで宮崎監督の映画は、必ずといっていいほど、空を飛ぶものが登場したのに…。それもない。
高畑勲監督をなくして、あこがれを、なくしてしまったのか。
案外、それが今回の作品の顛末だったのかもしれません。

小さな頃から、ジブリはあこがれの映画でした。
これが「宮崎駿監督」の映画とは、とても残念です。








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